東京地方裁判所 昭和42年(ワ)7950号 判決 1968年3月30日
原告 武川基
被告 株式会社富士銀行
右訴訟代理人弁護士 山根篤
同 下飯坂常世
同 海老原元彦
同 広田寿徳
同 竹内浄
補助参加人 紀乃商事株式会社
右訴訟代理人弁護士 大庭登
主文
被告は原告に対し、被告の補助参加人紀乃商事株式会社に対する貸出金債権の弁済として、昭和三九年一二月一日、原告より金三〇五万円を受領した旨を記載した受取証書を交付せよ。
訴訟費用は、被告の負担とし、補助参加により生じた訴訟費用は補助参加人の負担とする。
事実
第一、当事者の申立て
一、原告
主文第一、二項と同旨の判決。
二、被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求の原因
1 原告は、昭和三九年一一月三〇日、被告世田谷支店に現金三〇五万円を持参し、貸付担当支店長代理山保寿に右現金三〇五万円と原告名義の同支店普通預金通帳第二三七〇七番を手渡して、右金員を右普通預金口座に入金することを依頼すると共に、同支店の普通預金払戻請求用紙一枚に、その金額欄に金三〇五万円と記入し、氏名欄に原告名を自署して押印し、日付欄を記入せず空白のままとしたものを同人に預け、被告の主たる債務者たる補助参加人紀乃商事株式会社に対する債権三五〇万円のうち、同会社が金四五万円を支払う場合にのみ、その支払に加え、右普通預金口座から金三〇五万円を払戻して、これを紀乃商事株式会社の被告からの借入金債務の弁済に充当することを委託した。
2 山保寿は、昭和三九年一二月一日付で右普通預金通帳から金三〇五万円を引き出し、これを紀乃商事株式会社に対する被告の貸出金債権の弁済に充当した。
ところが、被告は原告に対してこれが受取証書を交付しない。
3 よって、原告は被告に対して、これが受取証書を交付することを求める。
二、請求原因に対する被告の答弁および抗弁
1 請求原因第12項の事実は、認める。
2 (抗弁)
原告は、補助参加人紀乃商事株式会社の使者として、原告主張の金三〇五万円を被告に持参したものであるから原告に受取証書を交付しなければならないいわれはない。
三、補助参加人の主張
1 原告が昭和三九年一一月、補助参加人の被告に対する債務弁済のため支払ったと称する金三〇五万円の出所は、六本木産業ビルの一階一一号室の貸借人「たんぽぽ」こと永作清江からで、その経緯は、該賃貸借契約締結に当って、昭和三九年一一月下旬ごろ、敷金として金一七五万円、保証金として金一七五万円、合計金三五〇万円を共同賃貸人たる原告と補助参加人とが共同で右永作清江から受領したものである。
2 ところが、それより前、昭和三九年二月二〇日、原告と補助参加人との間で、六本木産業ビルの建築費負担に関する取決めをなし、被告に対する債務の弁済は、六本木産業ビルの右賃貸借契約に伴って受領する敷金、保証金、前家賃の総てを充当することとし右「たんぽぽ」からの敷金、保証金については、これを補助参加人の被告に対する債務の弁済に充当することとした。
3 そして、この債務の弁済については、原告と補助参加人とが六本木産業ビルを一部区分所有し、一部共有とすることにしたことから、原告は、原告の名において補助参加人の債務を弁済するのではなく、補助参加人の名において、補助参加人の債務を弁済するものとし、したがって、右「たんぽぽ」から一たんは共同で受領した敷金、保証金の三五〇万円のうち三〇五万円であっても、原告は補助参加人に対し求償権を有せず、原告と補加人間には何らの求償関係をも生じないものとする、との取決めがなされていたものである。
4 したがって、原告は自己の名において補助参加人の債務を代位弁済したものではなく、また、自己が補助参加人のため提出した金員をもって弁済したものでもないのであって、単に補助参加人の使者として原告主張の現金三〇五万円を持参したにすぎないから原告は被告に対し、自己のために受取証書の交付を請求するいわれはない。
四、被告の抗弁および補助参加人の主張に対する原告の答弁
原告が補助参加人の使者として本件金員を持参したものであることは否認する。
第三、証拠関係<省略>
理由
原告主張の請求原因事実は、当事者間に争いがない。
被告および補助参加人は、原告が単に補助参加人の使者として原告主張の現金三〇五万円を持参したにすぎないから、原告の本訴請求は失当である旨主張する。
しかし、民法第四八六条にいわゆる受取証書は、単に債務弁済の事実を証明する書面にすぎないものであって、それが金銭債務の場合には、債権者が一たん金銭の受領すなわち給付の実現によって金銭債権の目的を達したものである限り、その給付すなわち金銭の提供を、債務者自らなしたると、使者をしてなさしめたると、あるいは、第三者がこれをなしたるとを問わず、右金銭持参者に対し、債権者は受取証書を交付する義務があると解するのが相当である。
したがって、仮に本件において、原告が補助参加人の使者として現金三〇五万円を持参し、これを被告に提供したものであるとしても、原告はこれを補助参加人に対する債権の弁済として受領した以上、被告は原告に対し、受取証書を交付すべき義務を免れるものではないから、被告および補助参加人の前記主張は採用できない。(なお、念のため付言するに仮に本訴受取証書の交付請求が許容されたとしても、その証書の内容上はもちろんのこと、はたして原告が補助参加人の使者として補助参加人の金銭を被告に弁済提供したるものなりや否や、あるいは、原告が自己の金銭をもって被告の補助参加人に対する債務を代位弁済し、その結果、求償権を取得したるや否やの問題が確定さるべき性質のものではない。もし、原告と補助参加人との間に、この点につき紛争が存するのであれば、別途右両者間で確定されれば足るものと解せられる。)
ところで、受取証書の内容及び形式については、法律上何らの規定もないけれども、少くとも弁済の事実を証し得るに足る内容、すなわち受領したる給付の記載と、これを一定の債務の弁済として受領したる旨の記載及び債権者債務者の氏名、受領の年月日の記載が必要であると解すべきところ、前記当事者間に争いのない事実によると、被告が補助参加人に対する貸出金債権の弁済として、昭和三九年一二月一日、原告より現金三〇五万円を受領したことが認められるから、被告は原告に対し、右のように受領した旨を記載した受取証書を交付する義務があるものといわなければならない。
よって、被告が原告に対し、右義務の履行を求める本訴請求は正当であるから認容し、<以下省略>。
(裁判官 井田友吉)